「「うわぁぁぁ!!くんなぁぁぁっ!!!」」
プールサイドにふたり分の悲鳴が響いた。
「ねぇ、霞、あれ見てどう思う?」
「え、どうって言われても…プールサイド走ったら危ないよ?」
クラスの女子の呆れたような視線を感じるが、そんなのはこの際どうでも良い。
今はこの頭に血の上ったストーカーからどうやって逃げるかが最重要項目だ。
隣を走る三木に目をやると顔がマジだった。そうだ、こいつは前に紺野に襲われた前科がある。本人曰く、トラウマレベルだそうだ。
「おい、三木、大丈夫か?」
「喋ってる暇があるんなら走れぇぇぇっ!死ぬぞ!!」
心配したら怒られた。
だがそれも一理ある。俺は黙って走ることに集中した。
しかしこの狭いプールサイドでの鬼ごっこなど、たかが知れている。すぐに追い詰められた。
「君達、自分が何言ったか理解してる?」
デッキブラシを持ち、引きつった笑みを浮かべながら近付いて来る。怖い。
「い、いや、なんかまずいこと言ったかな…?」
「とぼけないでよ」
デッキブラシを振りかぶってきた。あぶねぇっ!
必死の形相で避けた俺と三木の後ろにあったフェンスにぶつかり、ガシャンと大きな音を立てた。フェンスはへこみ、デッキブラシが真っ二つに折れた。
最初に2本あったデッキブラシが1本だけしかない理由が分かった。
「あああ危ねえだろ紺野!」
三木はふざけた口調とは裏腹に、泣きそうな顔をしていた。
「ん?何の事かなあ?」
にこにこしながら震える三木の肩を、次いで逃げようとした俺の腕を掴んできた。力が強くて振りほどけない。
「俺の美端ちゃんの悪口は許さないよ…?」
万事休すだ。
「ちょっと、紺野くん。何してるの?」
神の声かと思った。
俺達の前、紺野の後ろに小田美端が立っていた。
「霞が呼ぶから何かと思ったんだけど…」
困惑した表情を浮かべる小田の後ろには、心配顔の胡翠と呆れ顔の河守が立っていた。
女神に見えた。
「…み、はし、ちゃん?」
目を見開いて呟いた紺野の手からデッキブラシの柄が落ちた。
「じゅ、授業は?」
「もうとっくに終わって今昼休みだよ」
逃げる事に必死になっていたので時間など分からなかった。もうそんな時間なのか。
「えっと、じゃあ、私もう行くね…?お腹空いたし」
そそくさと胡翠と河守と共に、いつ来たのか菊池と別所のいる方へ行ってしまった。
「…美端ちゃんが俺の名前呼んだ……」
嬉しそうな顔をしているストーカーを尻目に、俺達も素早くプールから逃げた。
◆
「おい、どうした。このプールの有様は。俺は掃除をしろと言ったのであって、荒らせとは一言も言ってないが?」
次の日に俺達3人は呼び出された。プールで暴れていたのはクラス中に見られていたので、反論の余地はない。
「……」
暴れた張本人である紺野は、つまらなさそうに顔をそむけるだけでなにも言わない。
「…おい、杉山。なんで鬼ごっこなんかしてたんだ?」
「…えーっと、」
なんと説明すれば言いのだろう?
小田を攻略対象外と言ったら紺野の逆鱗に触れて襲われました。俺達は悪くないです。
……なんか物凄い駄目な説明な気がする。
「答えられないような事なのか?」
「…えっと、いや、あの、」
必死で頭をめぐらせた。暫くして1つの返事を思いついた。
「すみません、スイマーに襲われました」
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