「うわっ」
目の前を歩いていた真水が急に足を止めた。
「どうした、真水?」
「…あれ」
真水が指差した先には、校長が中庭のベンチで昼寝をしていた。暢気なものだ。
「校長がどうした?」
「…頭がさ、ズレてる」
「は!?」
確かによくみると髪の毛の一部が不自然に垂れ下がっている。
「おかしいな、うちの校長は地毛だったはずだぞ」
「よく知ってるな、さすが桐逸。じゃあ、なんでだろう?」
「さあ?」
「気になるなぁ」
うーん、とうなって考え出した真水の向かい側から歩いてくる生徒がいた。
俺達を見て軽く頭を下げたところをみると、どうやら下級生のようだが、その視線が校長に移った時に、一瞬で表情が変わった。
「…キミ、もしかして何か知ってる?」
「い、いやっ、別に…っ!校長の髪のことなんかなにひとつ…っ!」
眼鏡をかけた少年に近づいて声をかけると、顔を青くしながら首を横に振られた。
けれど、目は泳いで、汗もかいている。
「知ってるんじゃないの?」
「うう、はい…」
詰め寄ると、案外すぐに折れた。素直でよろしい。
「実は、あれ…多分、前に俺が髪の毛引きちぎった時にできた禿げを隠してるんじゃないかと……」
「なにしてんだよ!!」
「すっ、すみませんっ!」
この大人しそうな、いかにも優等生な少年がやることとは思えず、つい声が出た。
「悪い。…そういえば、ちょっと前、頭に絆創膏を貼ってる時があったな。それか」
「はい、多分」
はぁ、と盛大な溜息を吐き、「じゃあ授業があるので」と言って少年は去っていった。
「なあ、桐逸。なんでだろう?」
「お前、まだ考えてたのかよっ!」
「だって気になるじゃん!」
黙っていてもしかたないから教えてやることにした。
「さっき、ここを通った少年から聞いたんだが、どうやらあれは突発的にできた禿げを隠してるらしい」
先程聞いた話を伝えてやると、真水は目を見開いた。
「えっ、じゃああのかつらは本当に禿げ隠しなの!?」
「多分、そうなんじゃないか?」
「…じゃあ、あれあのまま寝かせといたら落ちるよね……良いのかな」
言われて、もう一度校長を見ると、かつらが先程よりもかなり危ない角度になっていた。
「伝えに行くか?」
「まさか!そんなこと言ったら退学になるでしょ!ということで、桐逸よろしく」
「なんでだ!?」
「桐逸は勝手にここに住んでるし、今更校長のズラのひとつやふたつバラしたって、単位には響かないでしょ」
「んなわけあるか!」
反論したが、真水はさっさとどこかへ行ってしまった。逃げ足の速い奴め。
あと、いつから俺は校長のズラをバラすことになってるんだ。本人に指摘するだけだろう。
そうだ、指摘するだけなんだ。なにが怖いことあろうか。
「…って、別にほっといても良い気がするのは俺だけか?」
そう思いながらも、中庭の校長の下へ足が進んでる自分に苦笑してしまう。
「俺も物好きだなあ」
「待てよ。別に伝えなくても気付かれないうちに直せば良いんじゃないか?」
都合の良いことに、校長はこれでもかというくらいぐっすり寝ている。少々頭を触ったところで、気付かれることはなさそうだ。
そーっと手を伸ばして、垂れ下がった髪を上に押し上げてみる。
おっ、これはいけるんじゃないか?
そう思った時、神の意地悪か、声をかけられた。
「おーい、なにしてんの、片岡」
「…っ!」
びっくりして、ぺしん、と地味な音ではあったが、確実に校長の頭を叩いてしまった。
その拍子にかつらは無事、元の位置に戻ったが、今度は起きてしまう可能性がある。痛みを感じてないわけがないから、そうなれば、一番近くにいる俺が疑われる。っていうかバレる。
「…うん?」
やばい、起きる!!
全速力で暢気に突っ立っている安達の下へ走っていく。
「なにしてんの、校長の頭なんか触って」
「安達のアホ!話は後だ!!」
「えっ、なんでアホ呼ばわりされるの?」
ぼけっとしてる安達は放って、全力でその場を去った。
あとで真水になにか奢らせよう。
余談だが、その次の日から校長はスキンヘッドで登校してきた。
「これは禿げではない!スキンヘッドだ!おしゃれなのだ!!」と、声を大にして言ったそうだ。
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