「ん?」
何気なく通ったトイレの前が異様に臭い。
いくらなんでも、ただの汚物がこれ程臭いわけがない。
というか、どう考えても排泄物の臭いじゃない。
いや、ここは関わらない方が得策だな。
だが、そうは問屋が降ろさない。この間から俺の思い通りに事が運んだ試しはないのだが。
「おーい、荻野なにしてんだ…ってくさっ!!!」
「本当だ、くっせぇ。敬樹なんかした?」
立ち去ろうとしたところに、三木と拓が連れ立って来た。
「俺じゃない。ていうかなんで一緒にいるんだ?」
「移動教室。次理科なんだよ」
「ふうん」
後ろで三木が「くせぇ!」と騒いでいるが、無視しておく。
無視した、つもりだった。
「なあ、杉山!荻野!これ中入って確かめねぇ!?」
「はぁ!?」
次の授業はあと5分で始まる。そんな時間なんかあるわけが無い。
「いや、だってさ、こんな臭い放置しておいて誰か倒れたらアレだろ?ここあんまり人来ないから気付かれないかもしれねえし」
なるほど、一理ある。
「俺らがヒーローになるわけ?」
「そうそう!」
「男子トイレのヒーローだがな」
戸を開けると、紫煙が目に染みた。
火事!?
慌てて出ようとしたが、よくよく見ると火は起きていない。
「なにしてるの?君たち」
「それはこっちの台詞だ、紺野」
洗面器の前に紺野が立っていた。手に数本の試験管を持っている。煙はそこから漏れ出していた。
「それ、なに?」
「これ?……媚薬もどき」
は?媚薬?
「なに考えてんだお前。お前なら媚薬なんか使わなくても女子は寄って来るだろう?」
「敬樹、論点ずれてる」
そうだった。媚薬を持ってることが問題だ。
「別に僕はハーレムを作ろうとは思ってないよ。それに言ったでしょ、これは媚薬もどきだって。失敗作だよ」
失敗作だからそんな異臭を放っているのか?
紺野は手に持った試験管を傾けて、排水溝に流し込んだ。
「作った理由は訊かないでね?」
凄みのある笑顔で言われれば、頷くしかない。
「戻ろう。授業始まるよ」
廊下に戻ると押見が立っていた。
「どうした?」
『すごい臭いがした。なにかあった?』
訊くと、手帳を見せられた。
「あぁ、……」
なんだろう。この少年に"媚薬"などという俗世にまみれた言葉を聞かせてはいけない気がする。
「…て、テロだ。テロがあったんだ」
「!?」
案の定、目を見張る押見の背を押して、
「さあ、さっさと教室に戻ろう!」
と、誤魔化すために無駄に声を張った。
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