「やふみさん、次の授業って何でしたっけ?」
「んー、・・・確か調理実習じゃなかった?」
女の子同士の他愛も無い会話だか、俺の耳に輝きながら入ってくるその言葉。
そう、調理実習!!
なんて素晴らしい・・・!愛子さんの手料理をこの目で見られるなんて!
しかも、あわよくばそれを口にする事も可能だ。
前回の昼食時は失敗に終わったが、今回は絶対に愛子さんの手料理を食べてみせるぞ!!
◆
「あれ、なんか良い匂いしない?」
「あぁ、それ3年生が調理実習してるからでしょ」
「へぇー・・・」
「・・・で、何でお前がいるんだ」
家庭科室の窓からひょいっと顔を覗かせた女を見て、つい反応してしまった。
「え?だって調理実習してるって聞いたから、ちょっとお裾分けして貰おうかと思って!」
「良い笑顔で言うな!!」
GJ!じゃねえ!その親指ムカツクへし折ってやろうか!?
「あら、空ちゃん。どうしたの?」
ブチギレそうになっていると、俺の横から愛子さんが顔を出してきた。心臓が跳ねる。
「あ、愛子!今何作ってんの?」
「えっと、ホットケーキよ」
「うっわ、良いなぁ!ね、ね、後で頂戴!」
「良いわよ」
空に向かって、にっこりと微笑む愛子さん。その笑顔を俺にも向けて欲しいのに。
「うーいこぉ!ちょっと来てー!」
「あ、呼ばれちゃった。・・・もうちょっとで出来るから、待っててくれる?」
「もちろん!!」
女子は良いなと、切に思った。
「・・・・・・愛子、何作ってんの?」
「え?ホットケーキ・・・」
「じゃないよね、ソレ」
数分後、調理台の上に鎮座するソレは、確かにやふみの言うとおり“ホットケーキ”には見えなかった。
「・・・いや、でも料理は見た目より味だし」
「その味すら疑いたくなる見た目じゃない」
フォローを試みたが、やふみにばっさりと切られた。言いようが無い。
「・・・空ちゃん、これそんなに酷い見た目ですか!?」
「う・・・えっと、・・・ちょっと、色が濃すぎるかなぁーって・・・」
流石の空も、これはどうにも出来ないようで、早くも逃げ腰だ。
「・・・そう、ですか・・・・・・じゃあ、処分しますね」
長い睫毛を伏せて、悲しそうな顔をした後、その物体に手を伸ばしたのを見て、俺の中で何かが弾けた。
今日こそは愛子さんの料理を食べると誓ったんじゃないか!?
そうだ、戌居彦丸。お前は男だろ!
好きな女の手料理がどんな物でも食べるのが漢じゃねえのか!!?
「・・・待って下さい、愛子さん。それ、一口貰っても良いですか?」
「え、でも・・・」
「折角愛子さんが作ったのに、捨てるだなんて勿体無いですよ」
よし、良く言った俺!かっこいい!!
「・・・じゃ、じゃあ、どうぞ」
「ありがとう。・・・いただきます」
俺はその、黒い物体に口をつけた。
◆
「・・・・・・だから言ったのに」
「いや、だってさぁ」
案の定、愛子の手料理を食べて彦丸君はぶっ倒れた。
「ほれ」
保健室のベットで倒れている彼を見ているとなんだか切なくなる。
なんともなしに、先程の調理実習で作ったクッキーを渡す。
「・・・これ、大丈夫なのか?」
「失礼な。私が作ったモンが食べられないとでも言うのか?」
「・・・いただきます」
普段ならここで言い返してきたんだろうが、無い。よっぽど弱ってるなこれは。
「・・・・・・どう?」
もそもそとクッキーを齧り出した彦丸君に訊く。自信はあったけど、やっぱり不安だ。
「!っうめぇ」
「・・・っそ、そう。良かった」
ちょっと頬が熱いのは、窓から入り込んできた、温かい陽のせい。
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