「愛子・・・?」
大好きな先輩の様子がおかしい事は前々から気付いていたが、今日はそれ以上だ。
家に遊びに行っても追い返されてしまう。一体ひとり家に篭って何をしているのか。
「ちょ、何で来てるのよ!?」
「だってぇ、気になったんだもん」
「帰れ!!」
あ、と思った。
愛子がいつもいつも優しい訳じゃないのは分かっていたのに。
調子に乗って、愛子の優しさにつけこんでたんだ。
「・・・・・・ごめんなさい」
流れそうな涙を抑えて、走った。
「うわぁぁぁぁぁんっ!!」
「うっわ、びっくりしたぁ」
「どうしたの?空ちゃん」
軽く壁が揺れる程度の勢いでドアを開け、いつもの2人に泣きついた。
「うぅ・・・愛子に嫌われたぁ・・・・・」
それだけ言うと、後はもう感情が流れるままになってしまって、もう言葉にならなかった。
◆
「どうしたもんか・・・」
隣にいる、子供のように泣きじゃくっている少女の事だ。
「・・・彦丸君、空ちゃん寝ちゃった」
「あ?」泣き疲れて寝るとか、こいつ本当に子供だ。
「愛子と喧嘩でもしたのかなぁ」
「あの愛子さんが怒るとは思えないんだが・・・」
いつも聖母かと思うような笑みを湛えている愛子さんだけに、信じがたい。
「ちょっと訊いてくる。空ちゃんお願いね」
「あ、うん。・・・って、え!?」
ついノリで頷いてしまったが、このガキをどうしろと!?
「手ェ出しちゃ駄目だよ!」
「出すか!!」
学校にはもういないと事務の先生に聞いて、愛子の家に向かう事にした。
彦丸君の言う通り、あの愛子が空ちゃんをあんなに泣かすほど怒るとは思えなかったのだが、“あの事”があるからありえなくもないと思って確かめに行く事にした。
「・・・着いた」
学校に程近いマンションだ。同じ大学や、近くの学校に通う生徒が多く住んでいる。
「・・・ういこー、いる?」
インターホンを鳴らし、声をかけるが返事は無い。
「・・・・・・開けるわよ」
いるのならまだ鍵は掛かっていないだろうと思い、戸を引くと簡単に開いた。無防備過ぎる。
「誰?」
「私よ、私。やふみ」
「やふみさ・・・ん、・・・・・・ちょ、来ないで!」
一度は顔を覗かせたものの、姿を確認すると即座に拒絶された。
この調子で空ちゃんは追い返されたのだろう。いや、もっと酷かったかも知れない。
「なんなのよ~、死体でも隠してんの?」
「ち、がう・・・っけど」
「だったら顔見せなよ。空ちゃんすっごい傷付いてたよ?」
「・・・・・・空ちゃんには悪かったと思ってるわ」
お、変化有りか?少しだけ口調が柔らかくなった気がした。一気に畳み掛ける。
「あの子大泣きしながらこっちに飛び付いて来たんだ。あの愛子大好きな空ちゃんがだよ?よっぽど傷付いたんだろうね・・・終いには『纏わり着いてた私が悪い』って言い出すようになって、泣きながらずっと謝ってたよ」
長台詞を勢い良く捲くし立てた所為で、若干息が上がっている。
これで愛子の良心が動いてくれたら良いが、引き篭もる理由が分からない以上、何が効くのかも分からない。お願い。動いて。
「・・・・・・空ちゃんに、謝ら、なきゃ」
あぁ、彼女は本当に優しい子だ。
ぼろぼろと涙を流しながら、こっちに歩んできた。
◆
「そらちゃん」
「ごめんなさい。ごめんなさい。もう纏わり付きませんから、嫌わないで下さい・・・」
「空ちゃん」
「ごめんなさい。ごめんなさいごめんなさい・・・っ」
空ちゃんの所へ行くと、彼女は壊れたように謝り続けていた。目の焦点が合っていない。
こんな風にしたのは自分の所為だ。
「そらっ!謝らなくて良いから!」
自分よりやや大きい身体を抱き締める。大丈夫だから。嫌ってないから。
「ごめんねっ・・・」
ふたりして、ずっと泣き続けていた。
◆
「ねぇ、愛子はひとりで何してたの?」
お互い思いっ切り泣いたら、いつの間にか仲直りしていたみたいで、今は寄り添って座っている。
畜生、無雲空。羨ましいぞ。
「えっと・・・その、・・・」
何が恥ずかしいのか、頬を赤らめて言い淀んでいる。そのさまも可愛い。
「・・・・・・ちょっと料理の練習を」
は?
「料理をしてるのを見られそうになったから怒ったの?」
「だ、だって、恥ずかしいじゃないっ!この歳にもなってまともに料理ひとつ作れないなんてっ」
「いや、それはこないだの調理実習で披露しちゃってるから」
愛子さんには悪いが、俺もやふみのツッコミを全力で支援する。
「・・・ぅ。・・・そ、それもあって、こっそり上達してびっくりさせたくてっ」
真っ赤になって白状する愛子さんに、俺だけでなくその場の全員が愛おしいモノを見る目をした。
「でも、それだけであんなに怒鳴ったの?」
仲直りした後はちょっと遠慮がちだった空も、暫くたって落ち着いたのか、いつもよりも意地悪になっていた。
「えっと・・・それは」
「私が説明してあげる。この子、二重人格の気があるの」
「「えぇっ!!?」」
それは知らなかった。つい空と絶叫をハモらせてしまった。
「相手が危険な所に行こうとすると口が悪くなるの。ま、一種のツンデレね」
「そ、そんな事言わないで下さいいい」
もうこれ以上無いという位、真っ赤になってやふみに縋り付いている。
畜生、衣笠やふみ。羨ましいぞ。
「じゃあ、あれは・・・」
「ちょっと火事になりそうだったので・・・っ!」
もうこうなると自棄になっているのだろう。声が少し投げやりに、大きくなっている。
「・・・よかったぁ」
「え?」
「愛子に嫌われてたわけじゃなくて、本当に良かった」
その、ずっと一緒にいる愛子さんでさえ滅多に見ないであろうという笑顔を、空は浮かべていた。
その満面の笑顔に、俺達全員毒気を抜かれてしまった。
「私は空ちゃんの事嫌いにならないですよ」
「わ、私だって、空ちゃんも愛子も嫌いになんてならないんだからっ!」
「あら、私だって」
「私も!」
「ちょ、俺は!?」
「男は黙ってる!!」
「ひでぇ!!!」
この、漫才のような賑やかな日常がずっと続いていけば良いと思った。
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